買う前・買う時・買った後…
安心なでんきやさん

TEL0566-42-1161
FAX 0566-42-1187

水曜日定休日 営業時間9:00~19:00

店舗紹介

店舗紹介

 地域の皆様に愛され、頼りになるでんきやさんになりたーい!!と日々頑張っています。小さな「まちのでんきや」さんですが、”小さい店だからこそできることがあります!!大型店舗ほどの商品は置けないですが・・・できる限り触れて、見て感じていただけるようなお店作りに務めています。

 買う前の相談〜提案〜買う時のお届け〜据付・工事〜説明〜買った後の点検・修理・・・すべてを当店スタッフが行うことで、顔が見えて安心♪というところが当店の売りです(*^o^*)

 最近では、大型店は苦手〜という方からのご依頼・・・遠く離れた息子さん娘さんからお父さんお母さんの為にご依頼・・・女性一人暮らしの方からの依頼も増えています。

店舗アクセス

ナコータカス(タカスラジオ 碧南)

447-0872
愛知県碧南市源氏神明町24
電話番号:0566-42-1161
定休日水曜日
営業時間9時~18時30分
駐車場5台
商圏碧南市・西尾市・安城市・高浜市・その他
お客さまご紹介・息子、娘さんなどのお家)

スタッフ紹介

スタッフのみなさんを
わたしがご紹介しま〜す。

神谷宣伝

(かみやのぶひろ)

店長です。いつも丁寧な仕事と優しい笑顔でスタッフからもお客様からも愛されています。DIYが好き。息子のことが大好き。親バカっぷりも可愛らしい。

浅岡房子

(あさおかふさこ)

会長です。いつまでも、キレイで笑顔が素敵。そんな会長に会いに来るお客さんもたくさん!!仲良くお話しながら商品の良さをスマートに伝えるプロ。社交ダンスが趣味。

鳥居文代

(とりいふみよ)

パートさん。お店を優しく包み込む包容力と安心感を持ち合わせています。お客様ともフレンドリーに接し、お店を明るくしてくれています。趣味は、契り絵と絵手紙。友達とのお喋りが好きです。

原田真美

(はらだまみ)

社長です。”まみしゃちょー”と呼ばれ、お客様からの信頼度はバツグンです。親しみやすさ、優しさ、強さを兼ね備えた、ついていくべき社長です。仕事もプライベートも思い立ったらすぐ行動!の行動力、ハンパないです(笑)

原田純平

(はらだじゅんぺい)

社長の息子。将来は社長になる為に日々勉強中…(のはず)。仕事には真面目。時々おバカが出ますが、そこはご愛嬌ということで…。ギターとダーツが趣味の今ドキ男子です。

原田愛海

(はらだあみ)

純平の嫁。2021年4月に入った新人です。事務をしながら、早くお客様のお顔と名前を覚えられるように努力中です。”あみちゃん”と呼んでもらえると喜びます。ジャニーズとバンドが好き。

中根直子

(なかねなおこ)

パートさん、DMの配達やお客様から預かったリサイクル家電を運ぶなどを主にしている裏方さん。いつも明るく元気いっぱいです。

ナコーの歴史

昭和48年 

初代社長、浅岡勉(原田真美の父)が西尾市の「株式会社タカスラジオ商会」から独立し、「有限会社タカスラジオ碧南店」として、碧南市沢渡町52番地で開業しました。

「浅岡さんなのに、なんでタカスさん」とよく聞かれますが、「タカス」という名前の始まりでもあります。初代社長は西尾市中畑町出身ですので、西尾出店も考えたそうですが、商圏が重なることもありここに開業しました(なぜ碧南だったのかはわかりません)知らない地域での出店は大変苦労したと聞いています。

ビデオデッキ1台20万円、カラーテレビ1インチ1万円といわれた時代でした。大型店舗はまだない時代、当時はオーディオ好きな学生(碧南高校生)達が集う場所でもありました。碧南、西尾の地域のお客様に支えられ共に成長してきました。現在のまみしゃちょうも店前のポンパくんと共に成長。なぜか記念写真はいつも店前でした(笑)

商品が・・・時代を感じますね。手前の茶色い機械はエアコンですが、当時は室内機、室外機一体型だったそうです。壁にエアコンがはまるだけの四角の穴をあけて取付したそうです。めちゃ大がかりですね(笑)

現在の地 碧南市源氏神明町24番地へ移転。お店の広さも今の半分ほどです。まだ東側のコクネビルさんはありませんでした。たくさん仕入れをしてもすぐに在庫がなくなっていったそうです。店舗は横に広げ、奥に広げ、少しずつ店舗増築していきました。

平成元年

ナコー碧南店として新装オープン。このころは各地域にいろんな量販店ができ、価格競争になっていきました。小さな電気店は大変な時代に突入。当店もナコーグループに加入し仕入れ価格維持に努めました。

このころ娘真美と学生の頃から付き合っていた後の2代目社長(原田章太郎)がアルバイトとして店に入りました。

平成4年

父の体調も良くなかったため、娘真美は勤めていた会社を辞め家業を手伝うことにしました。3か月後、初代社長浅岡勉が病気のため他界。現在の会長浅岡房子が社長を務めました。いつもわからないことは父に聞いていたため、初めて仕事に関してのわからないことを母に委ねた時のことは今でも覚えています。従業員共にナコー碧南として再スタートすることととなります。

平成6年

原田章太郎(後の2代目社長)と結婚

平成8年

原田純平が産まれました。純平も真美と同じようにお客さんと共に成長。日中はほぼお店で過ごしていることが多かった幼少時代。

平成15年

タカスくんキャラクター誕生。純平姉の朱音に「店名に添えるキャラクターを描いて~」とお願いして描いてもらいました。

平成18年

原田章太郎2代目社長に就任。量販店の影響はまだまだ続いている時代で色々な苦労がありました。お店もこの時に現在の形に看板をリフォーム太陽光、リフォームなどの仕事も徐々に増やしていきました。このころは社員がいなかったので、現社長真美もエアコン・洗濯機・冷蔵庫・テレビ(当時は引き上げテレビがブラウン管で重い(泣)とにかく真っ黒に日焼けしてお手伝いしてました。おかげでお客様のお家も覚えたし、エアコンの取付・洗濯機冷蔵庫の搬入の仕方も色々経験しました。

平成24年

原田章太郎(くも膜下出血のため)他界。原田真美が社長に就任することととなります。純平が高校一年の時でした。

平成25年

社員は1人ましたが、この状態ではこの仕事は難しい状況でしたので、2代目原田章太郎と幼馴染みでもある現神谷店長が日立サービス(修理専門センター) で18年仕事していたので一緒にやってもらえないかとお願いをし、店長奥さまのご理解もいただき当店に来ていただくことになり、ナコー碧南タカスは、またもや再スタートとなりました。このころから徐々にアマゾンなどネットでの購入者が増え量販店からネット通販に変わると同時に自分たちのブランド力も高めていかなくてはという時代になっていきつつありました。

平成28年

息子純平は進路を迷いながら・・・ナコー碧南タカスを継ぐことを決意。。。高校卒業後、日立後継者研修へ(東京、神奈川、千葉など・・・)その間に第2種電気工事士取得。翌年三重県の「でんきハウスベル」にて3年間お世話になりました。1人暮らしも経験し、慣れない場所での生活やお客さまとの関わり工事技術も身につけました。

平成31年1月

純平ナコー碧南タカスへ入社。屋号を「ナコー碧南タカス」から「ナコータカス」へ変更。お客さまからの父親の話、おじいちゃん(初代社長)の話。私もそうでしたが、お客さまからの聞く情報は父親のすごさを知るいいお話ばかりです。父親が取付したエアコンを外したり、父親母親が納めた冷蔵庫、洗濯機を取替えすることで、お客さまとの歴史を知ることでもあり、続けてきた大切さがわかる瞬間でもあります。

令和元年6月

日立CM出演 とてもいい経験をさせていただきました。

令和元年12月

令和元年12月 愛海(あみ)さんと結婚。新型コロナ流行しましたが、延期にした訳でもなく・・・元々結婚式は翌年令和2年2月の予定。緊急事態の最中ではありましたが、式場の感染対策もしっかりやられていて、無事終えることができました。

令和3年4月

あみさんナコータカスへ入社
今からまた歴史が刻まれます(^^)/